野呂一郎の 大学に行こう!

新潟経営大学で経営学を教える野呂一郎です。 大学の経営学ぅ?つまんないんでしょ、役に立たないんでしょ?って?ううん、それじゃ今時誰もついてきてくれないから面白いことやってるよ。高校生の皆さん、みてね!

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?まとめ。なぜ大学に絶対に行くべきなのか

?まとめ。

なぜ大学に絶対に行くべきなのか


長々と話してきたけれど、話をまとめるとこういうことになる

1.とにかく大学に行け、絶対に行け

2.現代は「知」の時代、大学で学ぶことでこの時代を生き抜ける

3.大学とは「ことば」を増やす場所。豊かなことばのチカラが、現代で一番求められる「創造力」をつけてくれる

4.有名大学にこだわる必要はない。大学はどの大学でもキミの潜在力を伸ばしてくれる。

5.大学は、ズバリ経営学部に入れ

6.大学に行け。そして、30過ぎにアメリカの大学院行け。人生また変わる。

以上さ。とにかく大学には、絶対に行くんだよ。そして、うちにきなよ。そう新潟経営大学さ。なぜなら、野呂がいるから。なんちゃって。でも半分本気さ。キミの力を最大限に出してみせる。絶対に。

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?大学に行け。なぜならば留学できるから

?大学に行け。

なぜならば留学できるから


ぜ、大学に行かなくちゃならないかの最後の理由を言おう。それは、留学できるということ。人間ね、30近くなると、絶対に留学したくなるんだよ。これはほんとそうなんだ。

学にもいろいろあるね、短期の語学留学とか、専門性を身につけるための海外の専門学校への留学、音楽留学などなど。でも、みんなが社会に出て、一番必要と考えるようになるのは、ズバリ、アメリカへの大学院留学だ。

会人ならば、MBA(経営学修士号)をとるための大学院留学。いきなり決め付けるな、とキミは言うだろう。でもこれは事実だよ。アメリカのビジネス関係の大学院は、世界で最もレベルが高いし、実践的だから、サラリーマンにナルと行きたくなる、あこがれる。

も、大学の卒業証書がないと、入れないんだ。だから、アメリカの大学院に行くために、日本の大学卒業しておく必要がある。世界から見れば、日本の大学はどこも同じ、大学卒だ。そして、大学卒の国際的な価値は高い。

学すると、その価値がまたわかるようになるよ。アメリカの大学院でると、またキミの魅力は断然すさまじいものになってくるよ。それはアメリカの大学院留学をしてMBAをもらってきた、僕が断言しよう。
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?経営学は生活に密着した学問

?経営学は生活に密着した

学問


営学はどうだろう。ズバリ言えば、経営学とは「生活実感学問」だ。経営学は実感としてよくわかるという点で、経済学と明らかに違う。経済学はマクロ、大きな経済指標を理解しようとするが、経営学はより身近なことを理解しようとする。

ンビニの売り上げを伸ばすために、どういう品揃えや店舗のディスプレーを作ったらいいか。どういう上司に部下はついてくるか、ハンバーガーの焼き時間を30秒短縮するにはどうしたらいいか。経営学は役に立つよ、

バリ。経営学部のいいのは、このような学びから、自然に問題解決能力が鍛えられることだ。この問題解決能力こそ、どの分野でも使える、今世の中でもっとも求められる能力なんだ。

済学と経営学は、違う。でもそんなこといっているのは大学だけさ。学問的な色分けをすれば、それは全然違うけれど、世の中的には、経済学も、経営学も分けていないよ。

経新聞みてご覧よ、経済新聞、ってなっているけれど、中身は経営学、つまり企業の活動の報告や分析がほとんどさ。だから、経済=経営、と考えていい。そもそも経済とは、企業の活動がほとんど生み出しているのだから、経営そのものなのだ。経営を理解すれば、経済もわかる。

営学部は就職には最も強い。なぜならばさっき言ったように応用が利くからだ。

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?経済学部か経営学部か

?経済学部か経営学部か


バリ経営学部だ。経済学部って何を勉強するか、って?経済学部はね、二つのことをするんだよ。まずひとつは、経済に関することばを覚え、理解することだ。例えば、国民総生産とか、日銀とか、貨幣とか。経済を動かす指標や概念を学ぶというとだね。もうひとつは数学さ。経済に関するデータを検証するために、様々な数字を要素とする方程式を解く。

から、経済学部で学ぶためには微分積分に代表される数学の素養が必要だ。しかし、多くの人にとっては数学は難しいから、前者の経済に関することばを中心とした勉強を中心とするような学び方もできる。

ころで、経済学って役に立つのだろうか。経済の専門家をエコノミスト、と呼ぶ。エコノミストの能力は、経済を予測できるかにかかっている。でも、バブル崩壊をあてて見せたエコノミストは、植草さんしかいなかったといわれている。アメリカの経済誌フォーチュンによれば、アメリカのエコノミストの予測は素人以下であるとデータが示している、という。

呂が考えるのに、複雑さを増した世界はかつての経済の方程式に、これまでにない変数(要素)がたくさん入り込んで、計算ができなくなっている。最近は経済学も、人間の行動を研究する新たな領域が盛んになってきているけれど、人の行動を数式化することなど、できないのではないか。激変する環境に、人々の行動もさらに複雑さを増すだろう。経済学に関しては、このような批判が近年とみに強くなってきた。

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?有名大学じゃないと行く価値がないか

?有名大学じゃないと行く価

値がないか


んなことは絶対ない。だいたいが、大学というのは文部科学省が大学設置基準というものをもうけて、どの大学でもあるレベルの学問が学べ、大学卒の実力がつくことを保証している。どこの大学でも変わるものか。それでも大学間格差や入学の時の偏差値、なんていうことを言いたがる人がいる。

歴主義はなくなったとはいわない。しかし、世をあげて今は成果主義、つまり実力があって結果を出せる人のみが成功する時代なんだ。要は、実力だ。大学の偏差値なんかばかばかしい。それはさっき言ったろ。高校までの点数なんて、学ぶ個性の違いを無視した、ばかばかしい大人の社会の悪しき現実に過ぎないって。それでだまされるな。キミの偏差値がいくら悪くても、それはキミの頭が悪いなんてことにはならない。

学に行きなよ。初めてキミの能力が開花するぜ。4年間どう過ごしたかで、差がつく。学校のカリキュラムは、今言ったように変わらない。どれだけ楽しんで、学べるか、そこで差がつく。

職も、いわゆる一流ブランド大学しかとらない企業は急速に減ってきている。しかし、まだ指定校制度などと言って、有名大学からしか採用しない企業もいるさ。しかし、そんな企業はいずれダメになっていくんだから、関係ない。

んな世の中の変化がウソだと思うならば、野呂の新刊「ナウエコノミー 新・グローバル経済とは何か」を読んでみることだ。ネットで検索すればすぐ出てくるよ。俺はウソ言わないって。
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?大学という共通経験が人を結びつける

?大学という共通経験が人を

結びつける


間とは人の間、と書くよね。つまり世の中にでて、よい仕事ができるかは、人といかにうまく付き合えるかにある。その大事な部分が、共通の体験があるかないかではないだろうか。

年から大学全入時代、なんていわれている。どんどん大学卒の人が増えることは目に見えている。キャンパスライフを経験した人同士は、やはりはなしがあうし、同じ大学と言う空気や文化に触れたよしみで、付き合いやすいのではないだろうか。つまり人間関係を結びやすいのではないだろうか。これは学歴差別ということとは違う。高卒でも、中学卒でも、勿論すばらしい人はすばらしい、大卒以上に能力のある人もたくさんいる。

けれど、大学という経験は人生を根本的に変えるがゆえに、その共通経験のあるなしが、人間の輪を作りやすくする一面があると、野呂は感じる。
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?作家・安部譲二の後悔

?作家・安部譲二の後悔


れでも、早く世の中に出たいから、大学なんて回り道、と考える人もいるだろう。しかし、急がば回れっていうじゃないか。

家の安部譲二っているじゃない。極道だった彼が、いまや押しも押されぬ立派な作家になった。刑務所にはいった経験をつづった「塀の中の懲りない面々」は、かつて社会現象までになった。彼は、次のようなことを言っている。「大学に行くのが若いときには遠回りに見えたけれど、大学の4年間なんて、この年まで生きていれば、短い短い。大学に行って勉強をしておけばよかった」。その彼は意を決して、その後駒澤大学で聴講生として漢詩を学ぶようになった、ということだ。

学の4年間は、決してムダではない。でもある種のムダでもある。それは大学というところが、きつきつしていないがゆえに、自由に満ち溢れているがゆえに、そう思える。そうした余裕や自由は、強烈な目的意識からすれば、怠惰にみえるだろう。しかし、その余裕や自由が、つまりムダが、人間を豊かにすることは、これは本当のことだ。
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?短大と専門学校と大学の違いは?

?短大と専門学校と大学の

違いは?


こまで話すと、みんなは「じゃあ、学ぶことが大事ならば、はっきりした目的のある専門学校や、大学より早く社会に出れる短大だっていいじゃん」って言うよね。野呂はそれでも大学行け、と言うよ。

かに、目的意識が旺盛で、美容師さんになりたいとか、犬のトリマーやりたいとか、ホテルマンになりたいというみんなはたくさんいるだろうね。そして、早く社会に出て活躍したいみんなは、短大のほうがいいというだろうね。確かに専門学校は、この業界で仕事がしたい、という君に即戦力をつけてくれる、すばらしいところだよ。そして就職率も抜群だ。
短大も、きっちり2年間で社会人になるためのすばらしいカリキュラムが用意されている。だから、大いに行けばいい。

も、それでも野呂は個人的には大学に行け、と言いたい。なぜならば、大学は、短大や専門学校よりも、ある種の自由と余裕があるからだ。専門学校は、その職業に必要なことしか学ばないよ。それが専門学校の特徴だから。短大は、大学に比べて、忙しいよ。2年間で必要な単位を取らなくてはならないから。

こへ行くと大学は、ゆったりしている。暇だ。悩む時間もあるし、バイトする時間も、友達とおしゃべりする時間も、授業をサボってパチンコする余裕だってある。そして、いろんな学びのメニューが、専門学校より、短大より、ずっと豊富だ。

うしたある種の余裕が、人間を成長させるのに重要だ、と野呂は考えている。大学いくと、専門性が身につかない、と言う人がいる。しかし、じっくり時間をかけてものを考えたり、ムダな時間を費やしたり悩んだり、様々なことを学んだりすることは、すぐには役に立たない。しかし、長い目で見ると、そうしたことが人間の自力を養うことにつながる。結局は、専門性の高い職業に就いたとしても、すばらしい力を発揮できるよ。
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?大学は気楽にやれ

?大学は気楽にやれ


うだい、こういうことばを身につけることによって、みんなの考え方や、感じ方、世の中のとらえかたが、発展し、大きくなって、飛躍していく。そしてそれがより大きな、人を、世の中を動かす行動になっていくんだ。

学っていうのは、ことばを覚えるところ、それだけなんだ。でもそれがどんなに大きな意味をもつか。でも君はまだいうだろうね、楽しくて自由な雰囲気かもしれないけれど、まだ私は、僕は、大学に行ってやっていける自信ない、野呂はことばを覚えないとダメだなんて脅かすけれど、あんまやる気ない。

かった!(魔邪風に)。いいんだよ、そんなまじめにやんなくて。いい?やる気がなくもいい、たまにはサボってもいい。サボることっていうのは、大学生はたまにはやらなくちゃダメだよ。ひとつの自由であり、自主性の発露なんだから。

れはそれとして、要するに、そんなにまじめに考えなくてもいい、ってことなんだよ。何とか4年間で卒業できるさ。そんな気持ちでいいんだよ。仮にやる気がいまいちでも、なんとなく気が乗らなくても、大学の4年間でキミのボキャブラリーは飛躍的に増えるよ。イヤでも増える。

して、そのボキャブラリー力っていうのはすごいよ。保証してもいい。そのボキャブラリーで、いろんなことを考えることができる。考える力も飛躍的に伸びる。意思決定能力も磨かれる、洞察力も鍛えられる。そう、智恵とか創造力といった高度な”ソフト力“が身につく。なんといっても、大学4年間で身につけたボキャブラリーは、キミの潜在能力を絶対に伸ばしてくれる。


のブログを読んでくれているのは、大学生のみんなもいるかもしれない。大学生のみんなは、「えー、そんな力ついてるかぁ?」って懐疑的かもしれない。野呂はウソ言わないよ、その答えは世の中でてからわかるって。大学で身につけたことばのチカラは、さらに何か学ぶ時に絶対に役立つ。大学時代あまり熱心に学業に身が入らなくても、社会人になると絶対に学びたくなるんだから。その時、大学行っておいてよかった、ってなるんだ。

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?大学とは「ことば」をおぼえるところ

?大学とは「ことば」をおぼえ

るところ

ゃあ、その創造性とか智恵っていうのは、どうしたら身につくのか。大学に行くことだ。大学で身につくんだ。大学って何をするところか、っていうと、一言で言えば、「ボキャブラリーを身につけるところ」だ。ボキャブラリー、つまり、言葉だよね。言葉をたくさん身につけさせてくれるのが、大学というところさ。

っき言った、考える力、創造する力、智恵、そうしたものはどうやって身につくか。それは、新しい言葉を仕入れることで身につくんだ。なぜならば、人間というのは、言葉でもって考えるから。言葉がないと、人間は考えられないんだ。

学で新しい言葉を身につける。例えば、マーケティング。マーケティングということばの意味は、「顧客に満足を与えながら、より効率的に販売し、かつ世の中に貢献すること」ということだ。このマーケティングという言葉は、非常に深い意味をもっていることに気がつくだろうか。

ず顧客という言葉があるよね。顧客っていうことばは、みんなの知っている「お客さん」ということばとは違う。顧客っていうのは、王様であり、奴隷であり、経済のカギを握る存在なんだ。マーケティングっいうことばを理解するために、まず大学では、顧客、っていうことばを学ぶ。効率的、っていうことばも出てきた。でも、効率っていうことばも、能率がいい、というだけの意味ではない。これも深い意味があるんだ。

献ということばも、実は高校まででは出てこないことばだ。今の世の中、企業は社会に積極的によいことをしないとダメなんだ。その意味がこの「貢献」ということばに含まれているよ。単なる漢字の「貢献」という意味とは違う。
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?大学に入らなきゃならない理由

?大学に入らなきゃならない

理由

学に来い。絶対に大学に入れ。
「おまえはさっきから、学ぶことは楽しいことだとか、人間の本能だとか、って言っているけれど、そんなのウソだ」。そんな声が聞こえてきそうだ。はっきりいってそれは間違いだよ。俺も高校生のときはそう思っていた。大学なんて行かなくていい、やる気さえあれば世の中渡っていける。これ以上勉強なんか必要ない。オレにはバイタリティがあるから、大学行かなくても成功できるはずだ。そう思っていた。

も、最近やっとわかった。大学行っておいてよかった、って。確かにやる気とか、バイタリティは必要だ。しかし、今は「知の時代」なんだ。知っていることがチカラになる。考える能力があることがチカラになる。工夫できることがチカラになる。いくらやる気があっても、バイタリティがあっても、それだけでは物事はなしえない。

つては、しゃにむに働けば、収入も安定し、幸せな生活を送ることができた。1960年代から1980年代までのいわゆる高度成長時代には、いけいけドンドンで、忙しく体を使っていれば、いい暮らしができた。しかし、今は違う。経済の伸びシロがずっと少ない時代。頭を使って考えて、新しいやり方、新しい何かを生み出すことで始めて成長が可能な時代なんだ。

が価値を持つ時代。野呂は「ナウエコノミー」という昨年書いた本の中で、現代はソフトの時代、と言っている。ソフト、つまりハードの反対、つまり機械やものじゃなくて、人間の知恵とか、工夫、想像力、創造性しか富につながらなくなっている時代だ、って言っている。

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?プロレスも学問だ

?プロレスも学問だ

間にとって、一番うれしいのは、自分の持っている力を発揮したり、もっと伸ばしたりできることだ。学ぶことは、唯一それを可能にしてくれる。勉強、おっと学ぶことは、でも、いわゆる”お勉強“だけじゃないよ。

えば、この本、見てよ。「プロレスの経済学」。プロレスだって勉強のひとつさ、学ぶことにはいるんだよ。お笑いだって、音楽だって、サッカーだって、学ぶことには、きまりなんてない。大学というのは、とりわけ、なまぶことを大きくとらえられる場所だ。

なんか、大学の授業でプロレスをやっているんだよ。学生に4の字固めかけたり、なだれ式ブレーンバスターを、これは危ないからやらないけれど、タイガーマスクの覆面をかぶって講義したり、そんなことやっているんだよ。でも、それも学問なのさ、大学では。学ぶことって、そもそも自由なんだけれど、高校まではいろんな制約があって、実は学ぶことがすごく小さかった、狭かった。

学はそういう制約がない。そして自由だから、広く、大きく、ダイナミックに学べる。君は大学に来てはじめて、学ぶことの意味、楽しさを知るだろう。
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?大学の勉強は楽しい

?大学の勉強は楽しい


 強すること、いや、これは勉め、強いると書くからイメージが悪い。そもそも勉強なんて言葉自体が間違っている。あらためて学ぶこと、と言い直そう。学ぶことは、何度もいうけれど、楽しいこと、知ること、考えることは人間の喜びなんだ。そこから自分の能力に気づき、それが伸びてゆく、こんな楽しい行為が学ぶということだ。

 学に行こう。大学は、高校までのいわゆる「お勉強」とは違う世界だ。そこには自由がある。自由な楽しい雰囲気がある。学ぶことはそもそも楽しいことだから、実は、この自由で楽しいということは、学ぶ上で、根本的に大事なことだ。

 強は嫌いで、もうやりたくないから大学はイヤだ、という君。大学においで。初めて、学ぶことが楽しいということがわかるよ。自由な、オープンな空気があって、初めて人間は学ぶ意欲がわく、ということがわかるだろう。そして大学は好きなことが学べるよ。

テーマ:大学受験のために - ジャンル:学校・教育

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?キミはだまされている

?キミはだまされている


 みんなはおそらく自分について誤解をしている。もっと実はできるんだ。だけれど、そんな無意識のうちに行なわれる選別で、自信を持てないでいる。そんな高校生が多いんじゃないか。そして勉強が嫌いになる。勉強なんて高校まででたくさんだ、とね。

 でもちょっと待って。さっき言ったようにそもそも勉強って楽しいものなんだ。人間にとって、ご飯を食べるように自然な行為なんだ。「受験」ということばがある。受験勉強、とかいうように、つらい、きつい、イヤだ、そんなイメージがある。しかし、考えてもみろ、試験なんて何のためにやるのさ。学ぶことが大事なんであって、試験なんて、学んだことを試す、なんてことやられちゃえば、学ぶことなんか楽しくなくなるのは当たり前だ。

 そう、受験というのも、世の中の大きな仕組みのひとつで、理不尽に人間を選別しようということだ。速く勉強ができる人がそこでは有利な扱いを受ける。でもそんな受験があるから、勉強嫌いが加速する。こんな不幸なことが、もう何十年も続いている。なによりも、よくないのは、本来楽しいはずの、人間としての生きがいのはずの学ぶことが、苦しく、つらい、イヤなことになってしまうことだ。

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絶対に大学に行け!?世の中の仕組み

?世の中の仕組み


 でも、その勉強がつまらなかったとしたらば、それはおとなの責任なのさ。世の中が、勉強できる人と、できない人を分けてしまうからだ。それは大人の社会にとって都合がいいことだからだ。

 そもそも、勉強ができる、できないなんて、どうでもいいことなんだよ。勉強をする、ということだけに意味がある。個人個人違うんだから、学ぶことに対して、消化することが早い人もいれば、疑問を持ったり、自分で考え込んだりしてゆっくりの人もいる。
 なかには、最初からそのことに興味を持てない人だっている。でも世の中はそんな個人個人の差なんか、かまっちゃくれない。なぜならば、一人ひとりかまっている時間と余裕が世の中にないからだ。

 一定時間内にできる子供は優秀な子供、そうじゃない子供はできない子供というように分けないと、世の中の仕組みがうまく回って行かないようにできているからだ。面白い授業なんてあまりない。それは学校には教育指導要領というのがあって、つまり上のほうで決めたカリキュラムを学校の先生たちは消化しなくちゃならないからだ。
 勉強が面白くなくても当然、みんなが面白く感じることや、工夫して面白く、楽しく教えることが、そんな制約のなかではできないからなんだ。

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絶対に大学に行け!?勉強なんか飽きて当然だ

高校生の皆さん、こんにちは。新潟経営大学の野呂一郎です。

僕は経営大で、経営学と英語を教えているよ。経営学は、組織論、人的資源管理論、戦略論を担当しているよ。英語はね、ちょっと僕のやり方は変わっているんだ。試験はなしさ。でもばっちり楽しく英語が身についちゃうんだ。実は経営学もそうなんだ。これからまたブログでも話すけれど、プロレスや格闘技がたくさん出てくる、野呂もタイガーマスクになっちゃったりする、とんでもない授業をやっているよ。野呂の詳しいプロフィールなどは、ネットで調べるといろいろ出てくるし、またこれから紹介していきたい。とにかくね、ブログを早くやれって、周りからもせっつかれちゃっているから、とにかく第一回目をアップするね。

第一回目は、つい先日、ある新潟県内の高校に、講演会に行ったときに高校2年生のみんなの前でお話した内容を紹介したい。タイトルは「絶対に大学行け!」だ。話の内容は、とにかく高校生諸君、大学に行こう、いや絶対に行かなくちゃダメだ。その理由は実はこうなんだ、というものです。ちょっと、というか、かなり過激だけれど、この話の後、みんな僕の周りを取り囲んでくれて、すっごく盛り上がったよ。それでは、読んでみて。


?勉強なんか飽きて当然だ

 みんな、そろそろ勉強なんかイヤになったろう。そりゃそうさ、小学校から、中学、そして高校と受験、受験で。塾にも通わされ、学校でも家でも勉強しろって言われてきてさ。そして今ここでも「大学行け」って言われるのかよ、って思っているだろう。でもそもそも勉強が嫌い、っていうことがおかしいのさ。勉強っていうのは、実は楽しいものなのさ。何かを知る。学ぶ、そして頭を働かせて、どうしてそうなるのか考える。これって実は楽しいものなのだ。だって、知りたいっていう欲求は、人間の基本的な本能だからだ。そしてよりよい存在になりたいっていう向上心は人間には必ずあるからだ。
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プロフィール

野呂一郎

Author:野呂一郎

1957年札幌市生れ、上智大学法学部卒業。
米国エッジウッド大学大学院経営管理研究科修士課程修了、MBA。
(財)社会経済生産性本部認定経営コンサルタント。
(社)日本能率協会国際部、米国エッジウッド大学講師、
米国Information Resource Systems Inc. リサーチャー
千葉商科大学非常勤講師等を経て、現在 新潟経営大学教授。
また、英国国立ウェールズ大学大学院MBAプログラム教授として
社会人MBA教育にも携わる。
昨年上梓した「ナウエコノミー 新・グローバル経済とは何か」では、2000年からは、これまでのニューエコノミーが“ナウエコノミー”に変わったと論じ、すべての日本企業に改革を迫っている。

その他の著書:
「HRMとは何か」(多賀出版)
「食品の経営学」(共著、学文社)
「プロレスの経済学」(オーエス出版)
「実践経営学」(共著、学文社)

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