野呂一郎の 大学に行こう!

新潟経営大学で経営学を教える野呂一郎です。 大学の経営学ぅ?つまんないんでしょ、役に立たないんでしょ?って?ううん、それじゃ今時誰もついてきてくれないから面白いことやってるよ。高校生の皆さん、みてね!

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野呂一郎の絶対タメにならない就職論?

日本の仕組みがいいのか、アメリカの仕組みがいいのか、それはここでは議論はすまい。しかし、アメリカの若者は日本のような強制的な社会制度がないだけ、のびのびと自由にやれるということはあるだろう。フリーターやニートというのは、日本の場合、この強制的な制度に一度従わないと、誰でもなってしまうという点で、アメリカをはじめとする欧米諸国と違っている。つまり、いい子でないとダメ、いや一度でも社会の仕組みに背を向けたら最後、格差社会の底辺になりかねない。

だから、みんないい子になるんだよ、いいね。しかし、いい子がこの時代に企業にプラスを与えることのできる、いい社員になるとは限らない。いい子は制度に、社会に従順なだけ、自由な精神、とっぴょうしもない型破りさ、ある種の創造性が欠ける、ともいえる。野呂の主張している「ナウエコノミー」とは、人間力が勝負を決める社会であり、ぶっちゃけ、型破り人材、はみ出し野郎こそが有能な人材となるわけで、その意味、日本の制度は時代遅れだということは指摘したい。日本はやはり硬直的で、敗者復活が非常にできにくい社会なのだとはいえる。極端な話、卒業して2,3年、世界を放浪してきただけで、お話してきた企業の人事路線から外れてしまうから、敗者になってしまう、そういう現実さえあるんだから。

明日あさって、土日はこのブログはお休みです。来ちゃダメ。

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野呂一郎の絶対タメにならない就職論?

でも日本のオキテに逆らっちゃダメだよ。卒業したら即就職しないとダメだ。バイトして人生を考えるとか、海外放浪するとか、ダメだ。なぜならそうやって、同期の仲間と1年、2年遅れたら、もう最後、就職のチャンスすらなくなってしまう。

年齢社会だからだ。年齢のピラミッドは、1年単位でひとつひとつのレンガがきっちり、ぴったりはまってできている。だから、人と同じ行動をしなくてはいけない。

野呂がアメリカにいたとき、大学生は、卒業したらヨーロッパ放浪したり、2,3年好きなことをやったりというのは当たり前だった。なぜならば、アメリカの会社は日本の会社と違って、よーいドンで18歳から、22歳からみんな社会人になるわけではないし、入社式ももちろんないし、年功序列などというシステムがないから、卒業したら急いで、就職しなくちゃならないなどということがないからである。

年齢という意識がそもそもないから、年を気にした組織にはなり得ないというのもある。
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野呂一郎の絶対タメにならない就職論?

新卒でしか、就職できないという現実があるから、大学4年のみんなは、周りと同じ行動をとるしかない。卒業して自分探しのために、ほら、サッカーの中田みたいに自分探しのために世界を放浪する、そんなことはやりたくてもできない。

内定もらったけれど、滑り止めで親を安心させるためのダミー内定だから、やっぱりやめて1年勉強しなおして、来年また就職にチャレンジしたい。でももう2浪だから、妥協して就職するしかない。そんなふうに、若いみんなでさえ、考えるだろう。

そう、年齢というのはキミみたいな若者でさえ、なんとなく気づいている社会の現実なんだよね。でも、あの18歳、22歳ばかり3000人集まるような、入社式さえなければどうだろう。もっと楽しく、自由な社会になると思わないか。誰が、大学卒業したら、高校卒業したらすぐ就職しきゃならないって決めたんだよ。
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野呂一郎の絶対タメにならない就職論?

年功序列という制度は、年上の人を敬う、年下が年上にモノをいうのははばかられるという日本独特の、いわば儒教文化のせいだとされている。

しかし、ある意味では、これは年齢差別、であるともいえる。どんなに有能であっても、30歳のキミは、リクルートスーツを着て、会社訪問する機会すら与えられない。50歳のあなたは、「35歳まで」という新聞広告を見て、就職そのものをあきらめる。

しかし、こうした年齢を理由に就職を断ること、昇進をさせないことは、人事システムが世界一先進的といわれるアメリカでは、違法である。

アメリカが一概にいいとはいえないが、考えてみれば、何歳までしかこの仕事する権利はありません、30の人は新入社員と一緒に入社式に出てはいけません、そもそも入社試験もしてあげません、というのは、人間の基本的権利である働く権利を、はなっから踏みにじっているといわれてもしかたがないかもしれない。

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野呂一郎の絶対タメにならない就職論?

もちろん高齢化社会になり、企業も人材不足で、お年を召した方が途中入社で会社に入ってくるケースは増えているし、どんどんこれからも増えてゆく。つまり、年下の上司に怒鳴られる年上の社員という図式はますます当たり前になる。

しかし、基本的に日本の社会は、それはやりにくい。野呂のもう一つのブログ、「野呂一郎の経営一口メモ」(http://blogs.yahoo.co.jp/master_noro)では、「極真カラテの悲劇」という特集をやっているが、現在の極真カラテの本流である、松井派のドン、つまり松井章圭館長は、若くしてトップになってしまった。

しかし、彼は年上の部下たちにはそうとう気を遣っているよ。やりにくいはずだ。だから、会社は年齢ピラミッドというのが大事なのだ。

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野呂一郎の絶対タメにならない就職論?

話が脱線したけれど、要するにこの入社式というのは、日本の社会の硬直性を物語っているということを言いたいのだ。大学4年卒業で、みんな一斉に入社する。30歳や、40歳の人がこの入社式にいるか?いや、いない。この3月に大学を、高校を卒業した人たちのみがこの入社式に参加できる。そして横一線で競争が始まる。30くらいで係長、40くらいで課長、50になったら部長や取締役、そんなコースが一般的である。そう、おおむね、年齢によってどの程度のえらさになるかは、ほぼ決まっているといっていい。間違いない!

それは、人事制度というものが会社にはあり、それに従って昇進が決まる仕組みになっているからだ。いくら能力があっても、その制度のためにいきなり3年で社長になることはできない。なぜならば、22歳で会社に入って、最低3年はこれをやらないと係長になれず、係長になったら、最低5年間、課長の下で下積みをしないといけない、そのように制度上決まっているからである。そして基本は、年齢という呪縛だ。誰かの下について働くということは、上司がいるということで、それはその人の年齢が上司よりも低いことが基本である。だから、大学卒業したてのキミが一番下っぱの社員であることが、会社の絶対条件なのである。

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野呂一郎の絶対タメにならない就職論?

さて、大学4年生のみんなは、高校3年生の君たちは、就職も決まり卒業式も終わり、期待と不安の日々を過ごしているのだろうか。しかし、いつもオレは違和感を感じるんだよね、あの4月1日になるとテレビにいっせいに映し出される、リクルートスーツ姿の新入社員何千人が、入社式とやらで社長の訓辞を聞いているあの姿。あれは、日本の弱さの象徴でもある。何が言いたいのかといえば、結局日本の社会は年功序列で、終身雇用を前提に成り立っているということだ。そんなことをやってるから、日本はダメだというのだ。

え?なに、成果主義で年功序列は終わり、実力主義になったから、無能な社員は給料の格差が開いて自然にやめていくから、終身雇用もなくなっているのを知らないのか、って?いや違う。実は、ほとんどの日本企業は、職能資格制度(しょくのうしかくせいど)という、一見実力主義、成果主義に見えて、中身は年功序列―終身雇用という制度を事実上手放せないでいる。あの若者が同じカッコウで、集合させられる儀式は、その象徴なんだ。

成果主義はともかく、終身雇用はいいことだ。雇用の安定という意味で。問題は、終身雇用を守っていけるかということだが、この御時勢で企業自体が終身やっていけるかわからないから、終身雇用のほうは、はなはだ不安定だけれどね。

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大学で身につけたい最終兵器=英語?

異文化情報獲得の意義

英語を読んで、情報をとれ。ビジネスマンならば、世界の企業の最新情報、最新の経営手法をThe Wall Street JournalからUSA Todayを読みこなして、自分のものにすることが必要だ。

読む力の偉大さは、はかりしれない。それは単に「欧米か!」の世界ではない。日本人の僕たちだからこそ、異文化の視点を得ることが大事なのだ。欧米のメディアを読むことは、異文化の考えや視点に触れることである。

その新しさや違いが、僕らの日本というカラダと心に入ったときに、新しいものがスパークするんだ。それが君だけの力となる。さあ、英語を読む習慣をつけよう。

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大学で身につけたい最終兵器=英語?

英語を読む力の威力

電車に乗っていると本や新聞、雑誌を読んでいるサラリーマンは多い。しかし、英字新聞や英語の雑誌を読んでいる人は、ほぼゼロに近い。今は新潟に住んでいるけれど、これは東京の電車に40年も乗っている野呂の感想だ。

皆は英語の力はどれだけしゃべれるか、だと思っていないだろうか。勿論、コミュニケーションにおいて、しゃべる、聞くの重要性はいうまでもない。しかしこのブログの最初にいったように、現代は”知”の時代だ。どれだけ知識があるか、ものを知っているか、教養があるか、野呂の言葉でいえばボキャブラリーがあるかが勝負を決める。
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大学で身につけたい最終兵器=英語?

俺が教えてもいいよ(半分本気さ)

しゃべれるようになったら、ひたすら簡単なものから読む。1日3時間の英語の読書を2年続けろ。これでキミの英語力は、基礎体力がついた。

その先だよね、問題は。プロの英語に仕上げるにはよきコーチにつくことが必要だというのが僕の結論かな。まあ、このブログを見てくれている人が30人くらい集まったらば、野呂が新潟経営大で、無料でコーチをして差し上げようかな、なんて思っている。

まあ、キミがブログでしかわかんないこの野呂一郎という男がそれだけのチカラをもっていると、信じるような変わり者であることが条件だが。(笑)

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大学で身につけたい最終兵器=英語?

最速で英語がしゃべれる超秘伝公開

それは、NHKのラジオ講座を、それも自分のレベルに合った講座を毎日欠かさずに聞くことだ。CDじゃダメかって?ダメ、だ。なぜならば、英語は毎日少しずつ習慣にすることが大事だからだ。

CDだと、どうしてもまとめて勉強する、ということになる。これは絶対にダメ。毎日15分でいいから、ラジオに合わせて口を動かすこと。そしてスキット(テキストの毎回の内容)を暗記することだ。

ラジオ講座は一番やさしいのでいい。昔は、基礎英語っていうのがあったね、あれは中学1年のレベルだった。でも、バカにしないで1年続けると、しゃべれるようになる。これは本当のことだ。


明日土曜、あさって日曜はブログはお休みです。来ちゃダメ。

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大学で身につけたい最終兵器=英語?

英語は超穴場分野

英語は穴、なんだ。みんなは、こんな時代だから英語ができる人はたくさんいると思っている。だから、英語なんてやっても、人と差別化できないと思っている。

そのとおりだよ。昔に比べれば英語ができる人は多くなった。しかし、本当にできる人、本当に国際社会で通用する英語力を持った人は、ほとんどいない。これは事実なんだ。だから英語ができること、これこそ新しい時代の差別化(他人と違った力を持つこと)、なんだ。

これからの競争は、いかに企業が国際化できるかにかかっている。社会人になったら忙しくて、なかなか英語の勉強はできない。4年間で、英語を何とか、野呂のいうできる人のレベルに近づけてほしい。

じゃあどうやったらできるようになるか。それはこのブログじゃあ、教えきれるわけもない。しゃべれるようになる方法はあるよ。それは明日話そう。

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大学で身につけたい最終兵器=英語?

あれこれできるよりも英語一本が強い


みんな、経営コンサルタントの大前研一っていう人を知っているかい。彼は日本人でもっとも海外で知られたコンサルタントであり、数少ない国際派の知識人である。

その彼がこんなようなことをいっている。「ドイツ語や、フランス語や、スペイン語やロシア語が全部できても、その語学力を全部ひとつの英語の力に集約したほうがずっといい」。

この言葉はね、単にいろんな語学がある程度できても、たいしたご利益はない、ということを言っているんだ。問題はひとつの外国語の深さなんだ。それも英語。どのくらい、英語の深い実力があるか、これが現実にはもっとも大事なことなんだ。

野呂は大学時代から、少しでも深い英語の力をつけることが大事だといいたいんだ。
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大学で身につけたい最終兵器=英語?

できれば第二外国語もマスターせよ

アジア人も、ヨーロッパ人も、ビジネスマン・ビジネスウーマンの共通語はいまや英語だ。だから、現実には第二外国ができなくても英語でことが足りる。勿論、第二外国語はできるに越したことはない。

人間が一番快適に感じるのは、母国語をしゃべっているときだからだ。そして、母国語をしゃべってくれる人間に、人はもっとも親近感を感じるものだ。

およそ30年前、僕が始めて韓国に行ったときに、韓国の人は感激の面持ちでよく僕に向かってこういったものだ。「韓国語をしゃべってくれてありがとう」。
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大学で身につけたい最終兵器=英語?

本当に中国語の時代か?

ここまでしゃべると、「野呂よ、今は英語の時代じゃないよ。第二外国語の時代だよ、それも中国語の時代、知らないの?」って反論が来ると思う。

いや、そうじゃない。アメリカ一極がだいぶ薄らいで、EUも勃興し、中国をはじめとしてアジアも力をつけてきた。だから、英語以外の第二外国語の時代だ、とみんな思うんだよな。

野呂もそう思っていた時期があったが、実はそうじゃない。世界はそれとは逆に、英語一極化している。海外に出てみるといい、アジアでもヨーロッパでも英語が第一言語だ。

これだけ世界が狭くなってしまったので、共通語が必要となった。世界での共通通貨がドルのであるのと同じように、力のもっとも強い言語である英語が、第一言語になってしまった。

これが現実なのだ。勿論、今は中国の世紀だから、中国ビジネスが企業の生命線、中国語ができることがエリートの条件なのはそのとおり。しかし、その中国人も英語を話す時代になってきている。
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大学で身につけたい最終兵器=英語?

国際社会で通用する英語力とは

ニューヨーク大学大学院教授の霍見(つるみ)教授は、世界に通じる英語ができる人の条件をこう語っている。「大学院卒の学歴を持つアメリカ人と同等のボキャブラリーを持つ人」。

野呂も同感だ。前述の商社の面接で合格する英語力、霍見センセイの定義する英語力、これが使える英語だ。僕も実はまったく同感だ。野呂もアメリカで大学院生、アメリカ企業勤めを5年間やってきて、また20年間通訳という仕事にも携わって、日本のビジネスマンにも長年英語をコーチしてきた。その経験から、このくらいの英語力がないと、本当の意味で国際社会できちんと活躍はできない。これは本当のことだ。
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英語ができる人とは?

英語の話す、聞く、読む、書くがバランスよくかなりのレベルでできること。これが英語ができる人の定義だ。かなりのレベル、というあいまいな言葉を使ったが、これは英検何級とか、TOEIC何点とかでは、実は計れないものなのだ。

もう少し詳しく例を挙げて説明しよう。ある商社は、海外要員を採用するときに前述の英検とかTOEICなどはまったく参考にしないという。じゃあどうするか。アメリカの子会社の社長を呼んできて、英語で面接する、というのだ。

面接では、ありとあらゆる角度で英語力をチェックする。発音から、スピーキング、リスニングは勿論のこと、ボキャブラリー、論理の組み立て方、英語での説得力、英語でのユーモアのセンス、最新ビジネスをどれだけ知っているか、など。

この面接に合格するチカラ、それが今社会が求めている”使える英語“の正体だ。

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大学で身につけたい最終兵器=英語?

なぜ少ない日本人のノーベル賞

日本人のノーベル賞受賞者が少ないのはなぜか。それは、日本人のエンジニアが英語が下手だからという説がある。ノーベル賞だって、ある程度政治的な部分がある。

自分の技術や論文を売り込んだり、うまく説明したり、人間関係をつくることで、受賞のチャンスが大きくなる。これは常識だ。研究者として自分の研究を英語で論文にまとめ、研究発表のプレゼンができるエンジニアは多い。

しかし、まだまだ豊かなボキャブラリーを駆使して、英語で自分を魅力的に見せ、エンジニアの世界で海外に理解者やファンをつくることができるようなコミュニケーション能力がある研究者は少ない。このレベルの英語力があれば、確実に日本のノーベル賞は増えるよ。実力があって、実績があればノーベル賞はとれるか?決してそうじゃない。
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大学で身につけたい最終兵器=英語?

理系は英語不要か?
理科系は英語ができなくても、エンジニアの技術は世界共通だから、大丈夫だろう。理科系であれば、就職は文系よりも簡単だから、英語が話せなくてもいいだろう。工学部のキミはそう反論するかもしれない。確かにそれは少しはあたっているよ。

エンジニアの共通語とは
もう20年も前の話だけれど、僕がアメリカのウィスコンシン州に留学していたとき、現地の車のタイヤの会社に頼まれて、トヨタの子会社、日本電装という企業のエンジニアの皆さんの通訳をやったことがあった。こちらは英語はわかるけれど、専門的な話になるとわからなくなる。しかし、そのときの日本電装のエンジニアの方々は、英語がわからなくても、共通の技術用語が出てくるとわかるんだよ。

今後ますます重要な理系の英語
通訳、形なしさ。そう、確かに、技術畑のひとは技術という共通用語である程度会話ができることは事実だ。しかし、理系にも英語は必要だ。これからはますます技術移転や技術を中核にした外国企業との提携、技術交流など、生き残りを賭けて企業は理系エンジニアの英語力をますますあてにするようになる。近年日米の企業間で増えているのは特許に関する裁判だ。こんなときも英語のできるエンジニアが必要なのだ。
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英語力こそ究極の差別化

しかしね、これからは違う。ご存知のように、日本はグローバル経済に巻き込まれ、これから生き残りのためには、海外とのビジネスをどんどんやっていかなければならない。

みんな今ほしいもの、あるかい?すぐ、これがほしい、っていう人はいないんじゃないかな。そう、ものが行き渡っちゃったんだ。市場は飽和状態だ。

だから、今はサービスの時代、サービス産業の時代といわれているけれど、サービスだって市場は限られた大きさなのに、ひとつのサービスに何十、何百もの企業が参入してきて、いわばひとつのパイを食い合っている。かといって、新しいサービスを創りだして、それを一発当てるのは大変だ。

だから、これから企業が生き残りを掛けるには、グローバル化しかない。企業のグローバル化に、現実的にもっとも必要なものは何か。それは社員の英語力だ。だから大学生のうちに、英語をきっちりやっておいてほしい。

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大学で身につけたい最終兵器=英語?

どうして日本人は英語ができないか

これはどうしてだと思う?日本って国はね、英語ができなくてもやっていける国だからだ。勿論ね、グローバルなビジネスが生命線で、英語が共通語になっているような企業もあるにはあるよ。

しかし、現実には英語ができなくったって、日本企業はやっていける。日本の社会で英語ができなくたって、困りはしない。なぜならば、まだ日本という国は内需だけで、つまり外国とのビジネスでドルを稼がなくったって、やっていけるからだ。

ここはアメリカ人と似ている。アメリカ人の語学ベタは世界に知られているけれど、自分のところのマーケットが巨大なもので、わざわざアメリカ国外で、ビジネスをする必要なんかないからだ。

だから英語以外覚えなくったって、へっちゃらなんだ。それだから、アメリカ人の国際音痴が直らないんだけれどね。イラク戦争だって、野呂はアメリカ人の国際性がないことが引き起こしたんだと思っている。

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大学で身につけたい最終兵器=英語?

大学では英語をマスターせよ

英語をマスターしろ?ずいぶん時代遅れで陳腐なことを言うんだな、とみんなは思うだろうか。今の時代、英会話学校もたくさんあるし、大学にはネイティブの先生があふれ、オーラルイングリッシュなんて、もう高校でもずいぶん当たり前になってきた。センター試験もリスニングが導入され、みんな、英語なんて、普通にできる時代になった。そう、昔に比べれば、ね。でも現実の世界はどうか。はっきり言おう、社会人で英語が使いこなせる人は、そうはいない。いやもっとはっきりいえばほとんどいない。大学の先生はできるだろ?って。実は驚くほど、できないというのが現実だ。英語がきちんとしゃべれる教員は、どこの大学だって非常に少ない。
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プロフィール

野呂一郎

Author:野呂一郎

1957年札幌市生れ、上智大学法学部卒業。
米国エッジウッド大学大学院経営管理研究科修士課程修了、MBA。
(財)社会経済生産性本部認定経営コンサルタント。
(社)日本能率協会国際部、米国エッジウッド大学講師、
米国Information Resource Systems Inc. リサーチャー
千葉商科大学非常勤講師等を経て、現在 新潟経営大学教授。
また、英国国立ウェールズ大学大学院MBAプログラム教授として
社会人MBA教育にも携わる。
昨年上梓した「ナウエコノミー 新・グローバル経済とは何か」では、2000年からは、これまでのニューエコノミーが“ナウエコノミー”に変わったと論じ、すべての日本企業に改革を迫っている。

その他の著書:
「HRMとは何か」(多賀出版)
「食品の経営学」(共著、学文社)
「プロレスの経済学」(オーエス出版)
「実践経営学」(共著、学文社)

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